有松人形工房 dolls maker studio ARIMATSU

節句人形

 四季折々の美しい自然に恵まれた日本では、古くから行事と共にそれぞれの季節の楽しみ方がありました。節句人形もその一つです。暮らしの中でのゆとりを味わったのです。例えばー

正月・一月一日

その年の豊穣を祈る農耕儀式と、各家の祖霊を迎える魂祭の二つの意味合いがあります。「年神(としかみ)さま」「正月さま」「歳徳神(としとくしん)」と呼ばれる神は、「穀物神」と「祖霊」の性格を合わせ持つので、カミ様とホトケ様を同時にお迎えしていると考えます。
七福神(大黒天(だいこくてん)恵比寿(えびす)毘沙門天(びしゃもんてん)寿老人(じゅろうじん)布袋(ほてい)弁財天(べんざいてん)福禄寿(ふくろくじゅ))、宝船、三河万歳など、福を呼び込んだり縁起を担ぐ人形、あるいは羽子板つき、独楽回し、凧あげなどで遊ぶ子供たちの人形などが飾られます。


人日(じんじつ)・一月七日

正月七日をさし、七種(ななくさ)の粥を食べて、万病と邪気を払う中国の習俗を取り入れたもので、五節句の一つ。春の七種は、せり、なずな(ペンペン草)、ごぎょう(ハハコグサ)、はこべら(ハコベ)、ほとけのざ(タビラコ)、すずな(カブ)、すずしろ(ダイコン)で、年神さまにお供えした後、『ななくさなずな、唐土(とうど)の鳥が日本の国にわたらぬうちに すととことんとん』と、おまじないの言葉を唱えながらすりこぎや包丁で叩きます。悪霊の鳥を追い、無病息災で過ごせるように祈りを込めたものです。
 日本では古くから、野山で小松を引き(芽を食用にした)、若菜を摘んで(あつもの)(野菜を入れた熱い吸い物)にして食べる習慣があったので、若菜摘みの姿や根引の松にちなむ人形があります。


上巳(じょうし)・三月三日

『ひな祭り』は、女の子の健やかな成長と幸せを願ってひな人形を飾り、菱餅や桃の花を供えて白酒で祝う行事です。旧暦の三月三日は、ちょうど桃の花の時期でもあり『桃の節句』ともいわれます。
中国の古い言い伝えでは、三月上巳(最初の巳の日)は家の中にいると恐ろしい災難が降りかかるといわれ、老若男女すべてが家を出て、水辺で(みそぎ)をする風習がありました。これが日本に伝わり、平安時代の貴族は、陰陽師にお祓いをしてもらい、形代(かたしろ)という紙で作った人形(ひとかた)に自分の穢れを託して川に流しました。これが流しびなの行事になりました。人形は多くは呪術的な目的で用いられ、白絹や紙で作られた縫いぐるみの『這子(ほうこ)』、かかしのような形の『天児(あまがつ)』は、宮中や上流の公家や武家の邸宅で、嬰児の身代わりとなり災厄を除けるまじないとして、産後の母子の寝室に飾られたのです。

内裏びなは、今日では向かって左が男びな、右が女びなですが、明治時代までは右が男びな、左が女びなを飾っていました。京都では今でも昔ながらの飾り方です。この内裏びなの他に、三人官女、五人囃子(右から扇子を持つ歌い手、笛、小つづみ、大つづみ、太鼓)、随身・衛士、調度は、屏風、ぼんぼり、三方揃い、桜(右)と橘(左)、重箱、箪笥、長持ち、挟み箱、御駕籠、御所車、鏡台、針箱など、供え物を載せるものは、御膳、菱餅、菓子などを盛る菱台、高坏、三方などを飾ります。

端午・五月五日

現在は『こどもの日』。端午の(たん)ははじめ、()は干支のうまで、月のはじめの午の日を意味します。午は五に通じ、五が重なる日を重五といって重んじ、また、五月は菖蒲(しょうぶ)の季節であり、尚武に通じることから五月五日は男子の節句となりました。
 中国では古来、端午は野外に出て薬草を摘んだり、よもぎで作った人形を門戸に掛けたり、藺草(いぐさ)を入れた湯に入ったり、菖蒲を浸して酒を飲むなどの習慣がありました。菖蒲やよもぎの強い香気と薬効に魔除けの力があるといわれていました。

五月人形は(よろい)(かぶと)をつけた武者姿が飾られます。これは端午の節会に役人が金銀飾りの儀礼用甲冑をつけて騎射を行った儀式の名残りで、この他、神功皇后(じんぐうこうごう)武内宿禰(たけうちすくね)、八幡太郎義家、鎮西八郎為朝、佐々木高綱など歴史上の豪傑や、鍾馗(しょうき)のように魔除けの力を持つ神様や金時などの人形が人気を呼んでいます。鯉のぼりは、竜門の伝説とともに立身出世のたとえにされ当初は(のぼり)に鯉の滝登りの絵が描かれていましたが、江戸時代中期に、紙製の鯉をつけたのが始まりです。
 三段飾りが一般的で、上段は中央に鎧、兜、向かって左に弓矢、右に太刀、中段は、左に軍扇、右に陣笠、中央に大太鼓、武者人形を並べ、下段中央に、三方に菖蒲酒、ちまき、柏餅などを備え、右に吹き流し、左に鯉のぼりを飾ります。

重陽・九月九日

別名『菊の節句』ともいわれます。中国では菊の露を飲んで不老不死になったという『菊慈童(きくじどう)』の伝説もあり、菊は延命に効く霊薬と信じられ、盃に菊花を浮かべた菊酒を飲む習慣がありました。そしてこの日は茶菓や酒肴を持って丘や高楼、寺塔などに上る行楽をしました。日本書紀では、菊花の宴として臣下に菊酒を賜り、邪気を払う儀式を、平安時代には紫宸殿に文人を招き、曲水の宴(水に酒杯を流し、自分前に杯がきるまでに歌を詠む)が開かれるようになりました。前日に菊の花を真綿で覆い、菊の香りと露を吸った真綿で顔や体を拭うと不老長寿を保つという「菊の着綿(きせわた)」という行事も女性の間で人気でした。
世界一の長寿国になり、最近は長寿の祝いがこの日に行われるようになりました。『還暦(六十一歳)』『古稀(七〇歳)』『喜寿(七七歳)』『傘寿(八〇歳)』『米寿(八八歳)』『卒寿(九〇歳)』『白寿(九九歳)』『百賀・上寿(一〇〇歳以上)』などで、鶴亀、媼と翁などの人形や縁起のよいものが飾られます。またひな人形を虫干しをかねて飾る「後のひな」という習慣もあります。

時代人形

有松人形工房では、生業となる雛人形の製作にあたり、参考となる江戸後期から昭和に日本各地で製作された様々な人形を購入したり、ご縁で当工房に来てくれた御人形たちが住んでいます。
御祝い人形、節句人形、名だたる人形作家の創作人形など、古来〜昭和の古き良き時代に花開いた日本の伝統文化と、日本人の人形愛を一人一人に見ることができます。

  • 「松並木」 田中秀代作

    「松並木」 田中秀代作
    桐塑 和紙張り
    「松並木」で一服する旅人同士の一コマ。田中秀代作。桐塑の上に和紙を貼り付けている。

  • 「御所鍾馗(ごしょしょうき)人形」 野口光彦作

    御所鍾馗(ごしょしょうき)人形」 野口光彦作
    玄関で迎えてくれるのは、「御所鍾馗(ごしょしょうき)人形」。中国の故事から魔除けの神としてあがめられている鍾馗さま。凛々しい子供姿の五月人形で、右手に剣、左手に軍配をつかむ。昭和52年に82歳で没した野口光彦師の20代の作品。羽のように描いた眉に特徴。

  • 「魚釣り」 野口三四呂作

    「魚釣り」 野口三四呂作
    桐塑 和紙張り
    桐塑に和紙貼りで独特の雰囲気に。作者は野口三四呂師で、俗に三四呂(みよろ)人形と呼ばれている。

  • 「三吉」 平田陽光作

    「三吉」 平田陽光作
    木目込 衣装
    独楽を持った職人「三吉」が呼び止めているのはだれかな。
    幼顔でも職人風情のしぐさがほほえましい。

  • 「凧上げ」 吉野喜代治作

    「凧上げ」 吉野喜代治作
    木目込 胡粉 絵付け
    男の子の正月の楽しみは凧揚げ。さあ、勢いよく走って空高くに。吉野喜代治の作品は目元と口元が独特。木目込み人形で、かつては布の上から絵付けをして模様を描いている。凧にはそごうデパートの開店祝いと書かれている。

  • 「万歳人形」

    「万歳人形」
    木彫り 絵付け
    烏帽子に大紋を着た太夫と鼓打ちの才蔵が家々を回って祝言を述べ、滑稽な掛け合いを演ずる三河万歳は、江戸時代が始まり。木彫の上に布を貼り、その布に絵付けしたもの。

  • 「久保佐四郎作」

    「久保佐四郎作」
    素焼(陶器) 絵付け
    博多人形のように、素焼きの上から絵付けをしたもの。

  • 「題不詳」 名川春山作

    「題不詳」 名川春山作
    木目込 衣装
    大きな大福帳を抱え、福運を呼び込む声が聞こえそう。名工、名川春山の作で、腹掛け部分は木目込み。

  • 「こま回し」 吉田博(ひろし)作

    「こま回し」 吉田(ひろし)
    桐塑 和紙張り
    子どもにとって腕を自慢できるのは独楽回し。そんな子どもの無邪気な雰囲気を吉田広は作品に。木目込みで顔や髪つけが自然で、その腕の高さがわかる。

  • 「武者 馬上大将」 名川春山(ながわ しゅんざん)作

    「武者 馬上大将」 名川(ながわ) 春山(しゅんざん)
    木目込 絵付け
    馬上の勇ましい大将姿で、衣装は木目込みで、生地の上から絵付けをしている。馬の飾りは胡粉の上から色付け。

  • 「若衆」 吉田永光作

    「若衆」 吉田永光作
    素焼(陶器) 絵付け
    素焼きに彩色された若衆がうたう謡に鼓の音が正月に響く風情に。永光作。

  • 「幸犬子(さちいぬ)」 山田徳兵衛(吉徳)監修作

    幸犬子(さちいぬ)」 山田徳兵衛(吉徳)監修作
    昭和33年戊戌の年に、明治神宮遷宮記念として、臣子さんの父が制作したもの。山田徳兵衛監修、三越本店が明治神宮に納め、千体作り全国の神社に配布された。桐塑に胡粉を塗ったもの。

  • 「題不詳」 猪谷廣運作

    「題不詳」 猪谷廣運作
    江戸人形 木目込
    各地の民謡に合わせた衣装でそれぞれが踊りまわっている。黒田節は紋付袴の姿、おけさ節はかぶり笠姿で、どじょうすくいはざるを持って。気持ちよさそうに手を流してポーズとるのはどんな民謡かしら。一人ひとりの動作はユーモアたっぷり。江戸人形ともいわれ木目込み12体で猪谷廣運作。